宮司さんのおはなし 第23回
先月、関西方面へ小旅行に行ってまいりました。杜若(カキツバタ)の美しい名所があると聞いて向かった先ではちょうど花が咲き始めたところで、その淡い色合いにすっかり心を奪われました。京都では大田神社の杜若が有名ですが、それに負けず劣らずの絶景で、よい目の保養になりました。
6月に入り、梅雨を迎えたここ横浜ではあちらこちらで紫陽花(アジサイ)が綺麗に咲いています。杜若、紫陽花と文字にしても美しい花々を見るにつけ、日本という国が持つ四季の風情を感じます。
太古の昔、こうした美しい自然や季節に寄り添う暮らしのなかに、先人たちは“神さま”がいらっしゃると考えました。そして各地に神社を造り、神さまをお祀りしたのです。現在、日本には約8万社に上る神社があり、三重県・伊勢市の伊勢神宮がその本宗とされています。
さまざまなメディアでも報道されているように、今年は伊勢神宮において20年に一度の「式年遷宮」が行われる年です。そこでこの機会に、伊勢神宮がお祀りしている神さまはどんな存在でいらっしゃるのか、式年遷宮とはどういうものなのか、今回から2回に分けてお話ししたいと思います。
伊勢神宮の敷地は約5500ヘクタール、甲子園球場の1400倍にも上る広大な土地に、内宮(ナイクウ)、外宮(ゲクウ)と呼ばれるふたつの御正宮と125の小さなお社が鎮座しています。これらを総称して伊勢神宮と呼んでいますが、本来は「神宮」のみの名称が正式で、伊勢の神宮、また親しみを込めてお伊勢さん、などとも呼ばれてきました。
そんな伊勢神宮にお祀りされているのは、内宮に鎮座する天照大御神 (アマテラスオオミカミ)さまと外宮に鎮座する豊受大御神(トヨウケノオオミカミ)さま。天照大御神さまは日本国をお造りになった伊弉諾尊(イザナギノミコト) さまと伊弉冉尊(イザナミノミコト) さまが結ばれてお生まれになった神さまで、いわば日本の総氏神さま、その後にお生まれになった神々の親神さまといえる存在です。神話にある天の岩戸伝説では太陽を司る女神として知られているように、お隠れになってしまうと世の中は真っ暗闇となり、悪いものが一斉に蔓延し始めるとされている、大変なご神徳をお持ちになっていらっしゃいます。
天照大御神さまはもとより歴代の天皇が治める都に鎮座されていましたが、大御神さまご自身が“永遠の地”を望んでおられるということで、垂仁天皇の時代に倭姫命(ヤマトヒメノミコト)さまとともに各地を巡幸する旅に出られました。そして伊勢へお着きになったところで「大自然に恵まれたこの地が最もふさわしい」と、お移りになる運びとなったのです。
以来、伊勢は天照大御神さまをお祀りする聖地となり、人々は日夜お祀りを行うようになりました。五十鈴川にかかる宇治橋を渡った地点からは聖域とされ、伊勢神宮へのお参りは五十鈴川の清流で手と口を清めてから、というのが古くからの習わしとなっています。
一方、外宮に鎮座する豊受大御神さまは、衣食住を初めとする産業すべてを司る神さまです。天照大御神さまのお食事を司るため、天照大御神さまご自身がお呼びになったといわれています。日本独自の稲作農業をお守りくださる豊受大御神さまを筆頭に、伊勢神宮内の125のお社には、塩や酒、海産物、絹、麻といった地元の生産物を司る神さまが多くお祀りされています。
全国の神社では私たち神職を初め氏子や崇敬者の方々によるお祀りが日々行われていますが、これは神道に「お祀りを絶やしてしまうと神さまのご神徳が損なわれていってしまう」という考え方があるためです。盛んにお祀りを行うことで、常に若々しく、安らかな神さまであっていただこうと 願うのです。こうした神さまの“常若(トコワカ)”を願うお祀りのなかで最も重要とされるものが「遷座祭(センザサイ)」と呼ばれるお祀りで、これを決まった年ごとに行うことを「式年遷宮」といいます。伊勢神宮では690年、持統天皇により第1回が行われ、今年で62回を数える運びとなりました。
神社の本宗である伊勢神宮の式年遷宮は毎回大きな話題として取り上げられますが、遷座祭そのものは伊勢神宮だけに限られたお祀りではありません。今年5月に60年ぶりの遷宮を行った出雲大社ほか、全国の主要な神社でも行われています。では、そもそも遷座祭とは、式年遷宮とはどういうものなのでしょうか。その意義と役割とは? 次回、お話ししたいと思います。